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水戸地方裁判所 平成4年(ワ)395号 判決 1995年11月27日

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は原告古川富次に対し金九五〇万円、原告古川スイに対し金九五〇万円及び右各金員に対する平成四年九月二三日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告らの長男亡古川隆雄(以下「亡隆雄」という。)と被告との間に締結した自家用自動車保険契約に基づき、亡隆雄の死亡事故について、亡隆雄の相続人である原告らが保険金の支払を求めるものである。

一  争いのない事実

1  亡隆雄は被告との間で、次の内容の保険契約を締結した。

保険の種類 自家用自動車保険

保険の始期 平成元年三月三日

被保険者 亡隆雄

保険金額 自損事故保険金 一四〇〇万円

搭乗者傷害保険金 五〇〇万円

(ただし、ともに死亡時)

保険金受取人 亡隆雄

2  本件自家用自動車総合保険契約締結に際し、被告と亡隆雄は、保険料の支払について分割払の特約を結び、亡隆雄において、毎月二六日に口座振替の方法で分割保険料(月額三九八〇円)を支払う約定をした。

本件保険約款中の保険料分割払特約第五条によれば、保険契約者である亡隆雄が、分割保険料を支払うべき期日後、一か月を経過してもなお支払がないときは、右支払期限後の発生した事故については、被告は保険金を支払わない旨の定めがなされている。

3  亡隆雄は、平成元年五月分の支払期日である同年五月二六日から猶予期間一か月経過後である同年六月二六日までの間に五月分の分割保険料を支払わなかった。従って、右約款の定めにより、同年六月二七日以降に保険者である亡隆雄に発生した保険事故については、被告は、保険金支払義務を負わない保険休止状態が生じていた。

ところが、保険休止状態が生じた後であっても、保険契約者が保険者に対して猶予期間分割保険料全額及び遅延損害金の支払をしたときは、右支払後に発生した保険事故については、保険者は保険金の支払義務を負うことになるものと解されている。本件の場合、平成元年七月一四日付で、亡隆雄と被告との保険契約を取り扱った被告の代理店である訴外黒沢将浩が、前記未納の五月分と六月、七月分の分割保険料を立て替えて支払った。本件事故の発生日が同月一四日以降であれば、被告は、本件保険金の支払を免れないものである。

2  亡隆雄は原告両名と同居していたが、平成元年七月一一日に原告ら宅を出て、以来行方がわからないでいたところ、平成三年二月一日、日立警察署からの連絡により、亡隆雄が車ごと海中に沈んで死亡していたことが判明した。

なお、亡隆雄の死亡した日については、戸籍上「平成元年七月推定一一日死亡」と記載されている。

3  亡隆雄の相続人である原告両名は被告に対し、右保険金額一九〇〇万円の支払を求めたが、これを拒絶された。

二  被告の主張

1  本件のように、一旦保険休止状態が生じた後において、遅滞分割保険料等の支払があったことを理由として保険金の支払を求める場合には、保険休止状態を解消させる事由は、契約者側である原告らにおいて主張立証する義務があると言うべきである。

2(一)  亡隆雄の死因は自殺である。

亡隆雄は、平成三年二月一日、日立港第四埠頭の岸壁から約三〇メートル離れた海中に沈んでいた乗用車の中から発見されたものであるが、亡隆雄は平成元年七月一一日に家出し、右同日、自殺の意思で運転し、車ごと右埠頭に飛び込んだものである。前記の保険契約自損事故条項第三条、同搭乗者傷害条項第二条によれば、被保険者の自殺行為による死亡については、保険者である被告は保険金の支払を免責されるものである。

(二)  仮に、亡隆雄の死亡が事故死であるとすれば、本件保険契約において、被告は急激かつ偶然の外来事故によって、亡隆雄の身体に発生した負傷、死亡に対して保険金を支払うものとされているが、本件事故が不慮の事故、すなわち自殺事故でないことは、保険請求者である原告らが立証責任を負うべきところ、原告らにおいて、右立証を尽くしていないものである。

三  原告らの主張

1  特約第五条は、原則として被告に保険契約上の義務として保険金支払義務のあることを前提として、例外的に保険金支払義務を免れる場合を規定したものであるから、右特約第五条を適用できる事情の有無が明確でない場合は原則に従って、被告は保険金支払に応ずるべきである。

2  本件は保険事故発生の時期がいつであったかであるが、保険時期の発生時期については、その発生状況は千差万別であって、むしろその発生時期が問題になるような事案においては、保険請求者において事実を調査することが困難な場合が多いと考えられる。そのような場合に、調査能力に乏しい一市民である保険請求者がその事故の発生時期を立証しなければその請求が認められず、整備された組織を持ち、高い調査能力を有する保険会社が何の調査もすることなく免責されることは、公平の観念に反するものである。

3  被告の保険代理店を営んでいた黒沢は、亡隆雄との間で、保険料の支払を亡隆雄に替わって支払い、亡隆雄が右支払分を黒沢に支払う約束をしていた。黒沢において、七月一一日以前に五月分及び六月分を支払っていれば、本件のような問題は生じなかったものであり、黒沢が被告の保険代理店であることからすれば、被告において前記特約第五条の適用を主張することは信義則に反し許されない。

三  争点

1  亡隆雄の死亡日時

2  自家用自動車保険約款の保険料分割払特約により分割保険料の履行遅滞のため保険会社が保険金支払義務を免れうる状態となった後において、遅滞分割保険料を支払うことにより、保険金の支払義務を発生させるための保険事故発生の日時についての主張立証責任は保険契約者側の原告らにあるのか、保険者である被告にあるのか。

3  亡隆雄の死亡は、自殺か事故死か。

第三争点に対する判断

一  1の争点について

証拠(甲一、二、八、九、乙三、証人市毛行雄、同船橋敏子、原告古川富次)によれば、次の事実が認められる。

(一)  亡隆雄は原告らと生活を共にしていたものであるが、平成元年七月一一日の夕刻、自宅を出たままとなり、平成三年二月一日に、日立市久慈町四丁目日立港第四埠頭南側約三〇メートル先海底から被保険自動車(普通乗用車)の中で白骨死体となっているのを発見された。亡隆雄は自宅を出る一週間か一〇日前ごろに、運送業の山懸組に就職し、翌一二日も勤めにでることになっていたが、一一日以降何の連絡もなかった。

(二)  医師大和田英雄平成三年二月二日作成の死体検案書の死亡年月日時分欄には、平成元年七月一一日ごろ推定(平成三年の記載は、原告古川富次を筆頭者とする戸籍謄本の亡隆雄に関する身分事項欄の記載と対比して、平成元年の誤記と認める。)と記載されている。

右の事実によれば、亡隆雄は平成元年七月一一日に家を出てから音信がなく、平成三年二月一日に白骨死体で発見されたものであることが認められるが、右死亡事故の発生日時を明らかにしえない。

二  争点2について

本件保険約款中の「保険料分割払特約」五条(乙五)によれば、保険契約者が保険料の分割払特約に基づく分割保険料の支払期日後一か月を経過した後もその支払を怠ったときは、保険者がその後に発生する保険事故について保険金支払義務を負わない旨定められている。しかしながら、保険者において右のような保険金支払義務を負わない法律状態(以下「保険休止状態」という。)が生じた後であっても、保険契約者が保険者に対して猶予期間一か月経過した分割保険料全額及びこれについての遅延損害金の支払をしたときには、右支払後に生じた保険事故については保険者は保険金の支払義務を負うことになるものと解されている。

本件において、右保険休止状態が生じた後の平成元年七月一四日に黒沢が亡隆雄に替わって、遅延分割保険料の支払をしたので、保険者である被告は、本件亡隆雄の死亡事故が同年一四日以降に発生したものであれば、保険金の支払義務を負うことになるところ、前記のとおり、本件死亡事故の発生が同年一四日以降であるかは、明らかにしえない。右のように、一旦保険休止状態になった後の保険金支払は、保険者の保険契約者に対する支払義務を復活させるものであるから、この保険金支払義務の有無を根拠づける事実は、保険契約者において主張、立証すべきである。

したがって、本件の死亡事故が同年一四日以降に発生したものであるかは、認定できないので、保険者である被告には責任がないことになる。

三  原告らの信義則違反の主張について

被告の保険代理店を営んでいた黒沢と亡隆雄との間に、本件保険料の分割払を黒沢が亡隆雄に替わって支払う旨の約束があったとの主張については、これを認めるべき証拠はなく、黒沢は、亡隆雄とかつて勤めていた会社の同僚であったことから、本件遅延分割保険料を好意で支払った(証人黒沢将浩)ことが認められるので、原告らの右主張は理由がない。

四  以上から、原告らの本訴請求は理由がないので、主文のとおり判決する。

(裁判官 來本笑子)

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